気づけば秋も終盤、落ち葉の道


先日は、紅葉みてない!!



と思い、おそばせながら、南禅寺まで歩いてきました。



まだ観光客はたくさんいましたが、京都の道路は落ち葉で埋まっています



秋も過ぎたのだなぁと、月日の流れる速さをしみじみ、、、



日本人は、四季を経験しているせいか、過ぎ去るもり手の内から離れていくものを、微かな心の痛みと共に見送ることが習慣になっていて、それがカルチャーに根強く染み付いているように思います



人間であることを受けいる痛みをちゃんと感じておく



行き過ぎた合理主義や金を利かすだけの世界では、この痛みはすぐに避けられるので、それをジカに感じて生きている日本人は、やはり長い目でみると生命力は強いように思います



死ぬなんて怖くない、どうせ死ぬんだから、時間があるうちに生き抜こうとわき目も振らず生きてたときは、本当の死と対峙できていなかった。


死ぬのが怖いって本当に思ってたのか


生きることにしがみついてたのか


と、思い知らされる



あわてて準備できることではないな



じっくりじっくり準備していけばいいのだろうか



よくわからないが、手に入れて、手放して、手に入れて、手放して、を繰り返すことで、生きることへの執着を手放しているのだと思う。



本当の死と対峙する準備をしている気がする



わたしは死に際に何を思うのだろうか



みんなの笑顔が浮かぶといいなぁ