セックスと罪悪感の表裏の回路

神への怒り

自己無力感。

(六道輪廻の世界)



と表裏一体なのが




セックス(男女の性の抑圧と虐待)

罪悪感。(五逆罪)



その根底に。。



見捨てられる恐怖

金のトラウマ

愛してくれぬ神への嫉妬。




底に行くほど怖いので、人間は、



虐待と恐怖なら、どちらかましな方の、虐待を選ぶのだ



虐待を受容して性を抑圧していれば、見捨てられる恐怖に触らなくてすむのだから





見捨てられる恐怖

金のトラウマ

愛してくれぬ神への嫉妬。





「我は創造されし子」の調整が最終的に必要なのだ。



罪悪感は蜜の味、

我は創造されし子、

罪は許された、



である流れから、



入り口である、



「神への怒り自己無力感。」

の悲劇的なトラウマを調整する必要がある。


具体例から入るとすると、

「命の奪い合いの大惨事」の調整から入る。


要はこの位置に、「六道輪廻」の世界が表現されている。



・交通事故

・死に別れ

・自殺殺人

・震災

津波と氷河

・諍い

・原爆


日本人のトラウマ、広島の魂。



この入り口を通過して、


セックスと罪悪感を調整すれば、



見捨てられる恐怖へとうまくアクセスできるのばないか。


と仮説を立ててみる。



命の奪い合いに「焼肉」が入ってたりしてね、、、笑



「肉食」と「草食」を持ち合わせる人間。



動物の命と植物の命と鉱物の命の三拍子の調整もあると良いのだと思う。


要は、「殺生」なのだ。



殺生に、殺すけど殺したくないの矛盾に、



どうも人間は、無力感に苛まれるという



おかしく一面を持ち合わせている。



共存共栄ではなく、


依存的な遺伝子であるがゆえの、


共存共栄のシステムをつくることで補おうとする点に、


人間の愛らしさがあると思うのだ。



ロボットに命の愛を感じるのは、人間特有の長寿機能だと思う。



ピノキオの世界だ。



切なく、痛いのだ。