叱ったことを悔やむなかれ


人生で初めての叱りは、なんとも下手くそな叱り方だった



そりゃ、コミュニケーションとってこなかった親子なら、こんなもんだろ。



初めての本音の会話がこれときた。




経験しとくのも、悪くないもんだ。




ただ、やっぱり初回は、なんちゃーキレ方だって感じ。



さて、ここらで振り返っとかないと、引きずるので対処法をわたしなりに整理しておこう。



何でもかんでも相手の要望を忍耐強く受け入れすぎて生きてきたものとしてはね。



本気で怒れて初めて優しくなれるのかもしれない。



怒るのが怖いままでは話にならん。



そういう意味では父親はすごく自分に正直なんだよな〜。。



叱った後に思うことは、



常日頃から

これは嫌!あれは嫌!とはっきり嫌だと伝わるジェスチャーを示すことである。



好き嫌いないことがいいんだと思っていた小さい頃



好き嫌いを自分の中ではっきりさせておくのはいいことだ



譲りたくないこだわりは、わがままに見えるかもしれないけれど、



自分が心底欲しいと思うものをつくると腹を決めるものには必須なのだ。



嫌ならそこのどの部分が嫌なのか



好きならそこのどの部分が好きなのか



自分の「欲しい」にアンテナがしっかり立っていて、それをキャッチできるのはいいことだ。



あんなに怒ったのは、一体何が嫌だったのか。



もう、母親の母親は嫌だということ。



つまり、父親の妻役は絶対の絶対に嫌だということ。



わたしは二人の前では、100.パーセント子供役を死守したいということの主張であり、



二人はわたしの親役なのだとはっきりケジメをつけさせるための主張であった。



わたしは子供でいたかった!っていう告白なんだよな。



あなたの一番の彼女でいたいとか



あなたの一番の仕事仲間でいたいとか



あなたの子供でいたいとか



今までそんなに強く思ったことがなかったけれど、すごく大事かんだな



どのポジションが自分は欲しいのかは、明確にしておかなければ、いい試合はできないじゃないか。



自分が死守したいポジションの不明確さが招いたことだ。



わたしはあなたの親でも妻でもない。



わたしのポジションはあなたの子供なんだ。



ってことが整理できたら、



悔やむことはない。



自分のポジション以外のものを嫌だ!要らない!と放棄する断捨離宣言なのだ。



捨てたことを、勿体なかったかなとか、やっぱり捨てたの間違いだったかなとか、物以上に人間関係においては、長年の愛着がある分、尾を引くのは当たり前。



その時に必要があって出た言葉だ。



悔やむのは、勿体ないの現れだ。



シフトの瞬間だ。



持っていると、きっと自分のエネルギー的に消化しきれぬ消化能力がなくなる関係なんだ。



だから、しばらくはぐっと堪えて、消化能力の回復、消化能力の回復、、



人間関係で悔やんだときは、

消化能力の回復、消化能力の回復、、



と唱えておこう。



親の負債返上、負債返上、負債返上、、

わたしが返上する必要はないのだ



母の罠、母の罠、母の罠、、




さらば、後悔!!