本日の調整完了!ただ、愛おしく、愛おしく、、


忘れんようにメモメモ!



質問の仕方によるトラウマ!の叫びは以下の通りでした。



わたしとあなたのラベル付けをしてよ!


情報の区別ができない混戦!


わたしとあなたの区別をしてよ!


具体例。。①と②が同時に派生するために矛盾で発作とトラウマにより緊張状態になる。



①わたしに聞かないであなたに聞いてよ!

→なぜあなたの質問をわたしに聞くの?

あなた自身に聞け!



②あなたに聞いてわたしにも聞いて!

→なぜわたしの話を聞いてくれないの?

わたしの話を聞いて!



はいと、、母親が自分と子供の区別ができない場合、子供を助けるべきところで、子供の感情に共感輸入の憑依状態を起こしてしまいます。解離ぐせ人間の特徴!



つまり、泣きわめく子供をまるで見物するかのごとく「どうしたの?大丈夫?」といいながら放置状態にする。いやいや、泣いてんとさっさと動け!助けろ!!と子供は「死の恐怖」を味わうこととなる。


俗に言う、「ぼぉっとしてんと、おまえら動け!」と怒られる人になる。



そう!、、



ここで「助けて!!」「死の恐怖!!」「見捨てられる恐怖!!」のトラウマなる。



ここでポイントだったのは2つあるのだ。


一つ目は、


「助けて!!」は「お母さん!お母さん!助けて!」と呼び続けるため、


「お母さん」という言葉で「死の恐怖」


が結びつき、お母さんの言葉だけで発作を起こす引き金となる。



二つ目は、


お母さんは助けてはくれない恐怖人物として認識されるため、「父親」のみを頼りとするしかない。父親にしがみすくしかないので、


「男性に対して見捨てらる恐怖の解消材」としての役割がわくのだ。



ここに、「男性」との関係性が「見捨てられる恐怖」と結びつく所以である。



ここからの、


男性を拒否しきれない所以。


拒否して関係性が崩れると、


母親に対する「見捨てられる恐怖」の顕在化と「死の恐怖」の顕在化と、トラウマが芋づる式に刺激されるのだ。



つまるところ、


怖くて女性が苦手と思い、男性なら落ち着いていて安心と思いきや、それは、


「安定的な音波だたぬ仕事関係や不倫関係や愛人関係」にのみ成立する「究極の安心感」である。


少しでも関係性に響が入ると、たちまち恐怖の解消剤が喪失されてしまい、


母親に対する「見捨てられる恐怖」と「死の恐怖」が血しぶきをあげるかのごとく溢れ出してしまうのである。


なんとも恐ろしいことです。



究極的には、

父親の最大の役割は、母子の不安定な関係性により発生した「死の恐怖」のトラウマの傷の一時的な絆創膏の役割にすぎないといっても過言である。



母親と子供が、わたしとあなたを区別できぬトラウマティックな関係性を保持しているならば、その子供は成人していくら経済的に自立しようとも、「母親からの動物的な自立」が難しい。


ここに、「マザコン」と呼ばれる現状があるのではなかろうか。


一見、社会的経済的に自立している女性ほど、独立心のある女性ほど、もしかしたら、母親への恐怖を押し殺すために、「女性的地位からかけ離れた男性的地位を求めるべく」、男性と肩を張り合わせて仕事をする人柄になるのかもしれない。



その女性は「究極的な安心感を求めて」、


どれほど仕事が大変であろうとも、死に匹敵するほどの恐怖に勝るものはないため、いくらでも業務に励んでしまうのかもしれぬ。


男性か仕事かを選べるなら、仕事の方が確実に安定的な関係性を築くことが可能であるのだから。



一人の個人的な男性との関係性より


複数人の複合的な組織との関係性の方が


心の拠り所とするには安定的なのは確実であろうから。



今日も「死の恐怖」と対峙して命がけで仕事に励む男性と女性の人類がたくさんいるのだな。



今日も「死の恐怖」と対峙しながら命がけで一人の男性に精一杯尽くそうとする女性がいるのだな。一人の女性と子供に精一杯尽くそうとする男性がいるのだな。



今日も、命がけで、生きる人類で溢れているのだ。



今日も、命がけで、死の恐怖を克服しようとトレーニングする者がいるのだな。



みな、直向きに、直向きに、生きているのだな。



みな、頑張れ、頑張れ、よう生きてるな



みな、頑張れ、頑張れ、あんたらの笑顔が眩しいわ



みな、頑張れ、頑張れ、あんたらの無力さと、やるせなさと、どうにもできぬやり切れぬ思いに身を焦がして悔し波を流す顔が愛おしいわ


時代の流れの中を懸命に生きた両親、先祖が愛おしいわ


あなたたちみんなの一日、一日の積み重ねが今に続く道。


一日、一日、の積み重ねが今のわたしのが立つ地球の上。


わたしの足元は、もう何億もの魂たちが歩んできた山の途中。



決して一人では無かった。



わたしは決して一人ではなかった。



孤独に嘆き哀しむときでさえ



怒りに身を滅ぼしたときでさえ



この叫び声は、みんなの叫び声



わたし一人のものではない



魂たちの叫び声



地球の叫び声