アホかっちゅーねん!!

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厚切り鴨肉



人生で食べた鴨肉の中で最強に柔らかかった!



あ、鴨南蛮のつけ蕎麦をいただきました。



めっちゃ美味しい蕎麦屋さんで大人気です



器もトレーもお箸も全部天然の木材です



こういうの、最高です



店主さんはめっちゃイキがよくておもてなし最高で絶対にまた来たくなる店です





そうそう、こういうのが気持ちいいです



帰り際は



店主さん:「ありがとうございます!また来てください!」



あたい:「(そらまた来るわいな〜!!)ご馳走さまでした(o^^o)」



となるわけでやんす






そうなんです!!



これなんですよーー!!!




ほんまもんの美味しいもん出して、また食べに来てください!って笑顔で言われたら、ほんまもんの美味しいもん食べれて、嬉しくて、笑顔でまた食べに来ます!ってなるに決まってるやないか〜この健全循環よ!!!



健康的な場です




この世の全てはサービス業



病院だろうが、会社だろうが、ヨガクラスであろうが、人間が営むもんはどんなこともサービス業!!



みんな同じ人間



上下関係とかいらん



みんなにリスペクトでいいやん



「サービス業」っていう自覚がお互いの自立的健全さを守ると思う




だから、自分がやってることに恥じる必要はない



何出してもいいから(ちょい語弊あるけど)

、恥じずに思いっきり「サービス業」で通しましょ



人の楽しみ邪魔してくるやつなんか、




「アホかっちゅーねん!!」



で切り捨てやな





    


こっちは楽しむことに真剣ですから!!



お金使わせてもらってますから!!








わくわく楽しくの先にリラックスと集中と汗水と美しい作品がある



だから



「ご来店ありがとうございましたー!!」




の「サービス業の自覚」は、





最高のリスペクトだ




相手に対してのね



何よりも、「自分」に対してのね



最強のリスペクトなんだ







それにしても、何か最近やたらと江戸っ子気質が出てくるなぁ、、、(`・∀・´)てやんでぃ!










誰も見せてくれって言ってない!

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久しぶりにヨガのセミナーに出てみた




イタリアから🇮🇹センタードヨガを教えに来てた先生たち



わたしは怪我をしてて、だいぶ久しぶりのヨガでとにかく身体動かすの楽しみにしてた



そしたら主催してた以前お世話になった先生に、わたしの身体がボロボロなんをみて、「誰もポーズを見せてくれって言ってない」んやから、、と身体の使い方をめっちゃ指摘された。



わたしはムカついた。



わたしは身体を動かしたくて、それはわたしの無邪気な心が求めることであった



わくわくした子供が踊る姿をみたことある人ならわかる



すごく楽しそうで、それは周りに伝わるし、見てみて〜〜楽しいよ〜〜〜って感じのダンスで思わず一緒に踊り出したくなる



それが動物的な本能だ



わたしはそれを指摘された



わたしは自分の自由な表現をして、違うと叱られた



そしてわたしは気づいた



わたしはこれでいいんだと



その先生はもう「正しいアライメントー!!」といつも機械のように人の身体のアチコチを指摘してくる



意識化〜〜!!客観化〜〜!!とうるさい先生だった



わたしらロボットじゃねーー!!



と反撃したくなる



身体は自然に整うもんだ



リラックスが大前提だ



身体との信頼関係が第一だ




わたしはこれでいいのだ



は!?「見せてって言ってない」だって??



別に見て見てなんて思ってないのに、わたしのアサナはどうやらそう見えたようなのだ



「よっしゃー!!!!!」



わたしは先生とは違って自分を楽しんでるんだ!!って、その瞬間気づいた




てか、お披露目会のない人生なんて誰が望んでる?



仕事でもサービスとか、商品とか、世に知られるものを産み出すのが醍醐味やろ



みんなに知られて、活用されて、なんぼやろ




人間の歴史はそうやって刻まれとる



わたしはただ自分のアサナを、みんなと共有してる時間を楽しんでるだけじゃい!!






先生、ご指摘ありがとう!!




先生になじられて、ムカついて、わたしは自分はこれでいいのだと腑に落ちたのだった



先生はわたしの自由に嫉妬されたのだ




わたしの人生、天晴れ〜〜♡♡




よし、このままぞっこんで前進しよ



求め合うって


人と人とが求め合うのは自然なことだった



自分の心が求めることを自分で満たせることもあれば



自分の心が何を求めてるのかわからないこともある



わからなくたっていいじゃない



求められるばかりで疲れたように感じたなら



何故か奪われたように感じてしまうなら



過ぎ去った波に引っ張られてるだけ



本当はもっと遠くの波に乗れるんだけど



波打ち際に来すぎて沖に返されちゃっただけ





疲れたときは




自分の心はもっともっと先にやってくる



遠くの波を待ち構えているとき



だから大丈夫



遠く未来からやってくる波を見よう



遠く未来からやってくる波に乗ればいい



波は止まない



遠く遠く遥か遠い未来が見えてるんだ




備えるときなんだ




ゆっくり準備しよう




結び


3年前、ネイティヴアメリカンの人たちと過ごした



わたしは虹色の布にタバコの葉っぱを詰めて紐で繋いでいって、まるで日本の千羽づるのような虹色のプレイヤータイと呼ばれるもんを作った



昨日は、DVDになってた「君の名は」を借りたら、何故か音声ガイド付きでしか再生できなかった



そしたら、彗星の片割れは精子であって、地球という子宮の中を突き抜けて核分裂を起こして、新しい片割れの魂となって、人間に生まれ変わり、母親の臍のをは切り離され、怒りで泣き叫び、組紐の結びは時間を運び、再び新しい命を運び続けていた



彗星の片割れは、片割れどきは、子宮と精子が交わる場所



二つの時間が交差する場所



地球は時間が交差する場所



地球は、子宮は、時間が交差する場所



地球の音は、子宮の音は、心の音は、時間と感情の波をうみだす



だからわたしは恐がらずに時間の波に乗り出す



プレイヤータイは祈りの結び目を結ぶ時




時は必ず流れずにはいられない



波は必ず流れずにはいられない



地球と子宮と心がそれを求めるから



わたしが何もしなくたって



動けなくなったって



地球と子宮と心は求め続ける



時間はわたしの身体に息を吹き込む



死ぬほどムカつく




ムカつくムカつく



心が勝手に求めてくる



わたしの心がうるさいくらいに求めてくる



結局わたしはそれに付いていくので精一杯だ



おお!!



「精一杯」ってか 笑



やっぱり求められたことに対して、わたしの精一杯を注ぎ込むしかない



わかったよ



ついてくよ



しっかりついてくよ



しっかり紐を結んで



そういえば、



日本の帯締めの文化は好きなんだよな

















頑張ってできること


頑張ってできたこともあれば



頑張らなくてもできたこともある



怒りながらできたこともあれば



笑いながらできたこともある



頑張ってできたことが頑張らずにできるようになってたこともあれば



頑張らなくてもできたことが頑張らないとできなくなってたこともある




つまるところ、本当の本当の要因てのはわからない




1%の謎が解けるようなヒラメキという言葉があるけど



残りの99%を



努力と呼ぶか、失敗と呼ぶか、統計と呼ぶか、練習と呼ぶか、ヒラメキと呼ぶか、の捉え方の違いかもしれないし



 自分にタスクを課して、自分でタスク処理をして、その仕訳の整理スピードを上げていくのが面白いゲームなんだよにゃ〜



にゃ〜〜〜!!!




だからさ、頑張ってやりたいときもあるし、頑張らないでやりたいこともある






自分がおもろいと思えば頑張ってでもやりたいことで、自分がつまらんと思えば頑張りたくない



時間がないときは面白いから頑張りたいと思うし、暇なときはつまらないから頑張りたくないと思うもんだ



てか、時間の波に乗ってるかどうかじゃないか??




波に乗れてたら面白いよね〜

波に乗れてなかったらつまんないよね〜



意味があるとか意味がないとかそんなことじゃなくて、



誰もやらない未知なことに手をつけたいと思うもんでしょ



空いてる席って何か見えにくかったりするよね〜〜



結局はただの椅子取りゲームなんじゃねぇか??笑



ニッチに攻めてく日本だよな〜〜




















待ち合わせ



「待ち合わせ」とは何だ??と問いが出てきた。




・あなたとわたしという二人以上の人間が存在する



・あなたとわたしがお互いの時間を交差させると誓う



・あなたとわたしが同じある特定の時間を指定して時間に制限を課す



・あなたとわたしの時間が交差する場所が用意される



・あなたとわたしがお互いの誓約を守る




こうして待ち合わせが実現するのだな。。




「お互いの時間を交わす」



時間への制限と誓約なのだな。



当たり前のことだと思うかもしれない、この超簡単な「待ち合わせ」は、できなくなって初めてその当たり前の人間の能力の凄さを知る。



時間の波に乗るってのは、すごいんだ。









追い求めていたもの、探していたもの、


ずっとずっと探していたものは




自分自身の本来の感覚だった




いつも周りの者の感情と思考に翻弄されていた




母親に奪われ続けた感覚と感情




父親に与え続けられた感覚と感情




ずっと追い求めていたのは




わたしの素直な感覚と感情




もう上ばかり見て



もう他人の中を見て



あれでもない、これでもない、と



奪い去られたものを



探し求めなくていい



奪い返さなくてもいい




やっと自分の足元だけ見て歩ける気がする




やっと自分の足で歩ける気がする




やっと自分の呼吸の範囲内で息ができる気がする




やっと本来の時間に戻ってきた気がする




もい生き急がなくてもいい気がする




わたしはわたしのタイムラインに還ってきた